老女のスープ
北風が路地を吹き抜けるたび、ゴウタは膝を抱える腕に力を込めた。
両親を亡くし、金もなく宿からも追い出された夜だった。
「誰も自分を必要としていない」
意識が朦朧としはじめたころ、頭の上から湯気の匂いが降ってきた。
「ほら、冷めないうちに」
古びた食堂をひとりで営む、老女だった。ひと口飲むと、喉の奥から順に、自分の体の輪郭が戻ってくるのがわかった。
老女が倒れたのは、ひと月も経たない夜だ。
「あたしが寝込んだら、あの子たちはどこで温まればいいんだろうね」
「僕が作ります。教えてください」
枕元から出てきたのは、角の黒ずんだレシピ帳だった。最初のページに、四つの短い文が並んでいる。
一、誰の、どんな顔が見たいのかを決めてから火をつけること。
凍えた子の笑顔。その一瞬を先に決めれば、今日何を仕込むかは逆にたどれる。
二、鍋は嘘をつかない。
アクを取らなければ苦味が残り、時間をかけた分だけ甘みが出る。手をかけた分しか、味は返ってこない。
三、褒められるために作らない。
「うまいと言わせたい」と思って作った日のスープはなぜか薄い。扉を開けて入ってくる人を幸せにするために作ること。
四、自分はできると信じ切ること。
疑いながら混ぜた鍋は、どこかで必ず手を抜いている。
最初の一週間は散々だった。玉ねぎを焦がし、塩を入れすぎ、火を強めすぎて濁らせた。
「やっぱり無理だ」という声が、そのたびに背中から囁く。それでも彼は、閉まった扉の前に立ち尽くしていた子供たちの手を思い出し、冷たい水で赤くなった指で鍋に向かった。うまくやろうとするのをやめて、ただ工程を積み重ねた。
雪の夜、小さな女の子が震えながら扉を押した。差し出した器を両手で包み、ひと口飲んだその頬に、ゆっくりと赤みが差す。大きな目から涙がこぼれた。
「……あったかい」
胸の奥で、長いあいだ凍りついていた何かが音を立てた。
褒められて得た喜びではない。自分はここにいてもいいのだという、静かな感覚だった。
その夜、彼は同じスープを老女の枕元へ運んだ。ひと口飲んだ老女は、しばらく黙ってから言った。
「……あんた、ちゃんとレシピ通り作ったね」
境遇が彼を不幸にしていたのではない。世界を拒み、手を止めていた自分が、そうしていたのだ。
今日も路地裏には、スープの匂いが漂っている。運命を恨んで泣いていた青年は、もういない。
アドラー心理学で語られる「他者貢献感」とは、「自分は誰かの役に立っている」という主観的な実感のことです。
アドラーは、他者とのつながりや社会への貢献を重視し、人は共同体の一員として他者に貢献することを通じて、人生の意味や充実感を見いだせると考えました。













