酸っぱいぶどう、その後。
(「酸っぱいぶどう」その後)
キツネが歩いていると、おいしそうなブドウがなった木を見つけました。
キツネはブドウを取ろうとしてジャンプして頑張りましたが、ブドウを取ることができませんでした。
キツネは諦めて立ち去り際、「どうせあのブドウは酸っぱかったのさ」と言いました。
すると、そこに猿が2匹やってきました。
猿達は、肩車をし、倒れそうになりながらもブドウを取ることに成功しました。
猿たちはブドウを食べながら「おいしいね」と喜び合っていました。
それを見たキツネは、「あんな危ないことをしてまでブドウを取るなんて、全く卑しい奴らだ。あんな風にはなりたくないな」と言いました。
キツネの心理は自己正当化、認知的不協和解消理論で説明できます。
ブドウを食べたい気持ちとブドウを食べられない現実の不協和を解消するに、ブドウが酸っぱかったことにして、その不協和を解消し、自己正当化を図るしかありませんでした。
ブドウがおいしいことを知ってしまったら、今度は別の理由を探してブドウを食べないことを正当化するしかありませんでした。
私たちも、同じことをしていないでしょうか。
例えば、お金。
お金が欲しい気持ちと、欲しいだけのお金を得られない現実。
そこで、私たちは、お金持ちやお金をたくさん稼ぐ人に対して次のような思いを抱きます。
・金儲けは卑しい。
・金よりも大切なものがあることをわかっていない。
・他人からお金を巻き上げるのがそんなに楽しいのか。
・私はそんなに金なんかいらない。質素な生活が最も幸せなのだ。
しかし、そんな人が、たまたまもらった宝くじで1億円当選したら、どうするでしょうか。
喜んで受け取り、何らかの自己正当化をするでしょう。
もちろん、このような自己正当化、認知的不協和の解消自体は悪いことではありません。
自分の心を守るためのものだからです。
しかし、これを他人に押し付けてはいけません。あくまでも自己完結すべきものです。
たとえば、自分の認知的不協和解消のための思考である、「金儲けは卑しい」という価値観を子供を押し付けてはいないでしょうか。
その結果、子供が将来、お金を儲けられる芽をつんでしまうかもしれません。
この文章を読んで、怒りやモヤモヤ、反論が浮かんできたら、それがまた、自分の心を守ろうとする認知的不協和解消の思考なのかもしれません。
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