あおり運転に暴行罪が適用 | 弁護士谷原誠の法律解説ブログ 〜日常生活・仕事・経営に関わる難しい法律をわかりやすく解説〜
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あおり運転に暴行罪が適用

2017年12月27日

ここのところ社会問題になっている「あおり運転」について、警察の新たな動きが出てきたようなので解説します。

「<あおり運転> 暴行容疑で立件検討 警察庁が全国に指示」(2017年12月26日 毎日新聞)

警察庁は、道路上で車をあおったり、幅寄せをしたりといった危険行為をするドライバーについて、直接の暴力行為がなくても刑法の暴行容疑での立件を検討するよう全国の警察に指示しました。

報道によると、これまで「あおり運転」に暴行容疑を適用した事例は集計していないものの、道路交通法ではなく暴行容疑を適用したケースは非常に少ないとみられることから、警察庁が積極的な捜査を促した形だとしています。

根拠となっているのは、東京高裁昭和50年4月15日判決です。

この判決では、傷害罪の事案ですが、以下のとおり判示して、暴行罪の故意を認めました。

「本件のように、大型自動車を運転して、傾斜やカーブも少なくなく、多数の車両が二車線上を同一方向に毎時五、六〇キロメートルの速さで、相い続いて走行している高速道路上で、しかも進路変更禁止区間内において、いわゆる幅寄せという目的をもつて、他の車両を追い越しながら、故意に自車をその車両に著しく接近させれば、その結果として、自己の運転方法の確実さを失うことによるとか、相手車両の運転者をしてその運転方法に支障をもたらすことなどにより、それが相手方に対する交通上の危険につながることは明白で、右のような状況下における幅寄せの所為は、刑法上、相手車両の車内にいる者に対する不法な有形力の行使として、暴行罪に当たると解するのが相当である。即ち被告人としては、相手車両との接触・衝突までを意欲・認容していなかつたとしても、前記状況下において意識して幅寄せをなし、相手に対しいやがらせをするということについての意欲・認容があつたと認定できることが前記のとおりである以上、被告人には暴行の故意があつたといわざるを得ないのである。」

そのため、警視庁は12月12日、各都道府県警に対する文書で、同高裁判決を示すとともに、あおり運転の取り締まりの強化を指示。
あおり運転をした後に、被害者を殴ったり脅迫したりした悪質なドライバーについては、刑法での立件とともに免許停止処分にすることも求めている、ということです。

 

【あおり運転を巡るここまでの経緯について】
あおり運転を巡るここまでの経緯を簡単に解説します。

こうした動きのきっかけとなったのは、今年(2017年)6月に神奈川県大井町の東名高速道で起きた交通事故です。

この事故は、容疑者の男があおり運転を繰り返した挙句、家族が乗るワゴン車の進路をふさいで高速道路上で停止させ、そこに後ろから走ってきたトラックが追突、夫婦が死亡したというものでした。

その後、社会問題に発展したのには、容疑者の悪質で危険極まりない行為だけでなく、法的な問題に対する多くの人の疑問でした。

当初、容疑者の逮捕容疑は自動車運転処罰法違反の「危険運転致死傷罪」ではなく、「過失運転致死傷罪」でした。
そこで、SNSなどを含め大きな疑問の声が湧き上がったのです。

これだけの悲惨な事故を招いておきながら、故意ではなく過失、おまけに最高刑が20年の危険運転致死傷罪ではなく、最高刑が7年に減刑される過失運転致死傷罪というのは、「おかしなことではないか」、「納得がいかない」というものです。
そして同時に、あおり運転など悪質で危険な運転行為への対策を求める声が高まっていったのです。

 

【自動車運転処罰法とは?】
では、なぜ過失運転致死傷罪という判断になったのかというと、刑の定義の問題です。

自動車運転処罰法の危険運転致死傷罪と過失運転致死傷については以前にも解説しています。

詳しい解説はこちら⇒
自動車運転死傷行為処罰法の弁護士解説(1)
※成立の経緯などについて解説しています。

自動車運転死傷行為処罰法の弁護士解説(2)
※構成要件などについて解説しています。

自動車運転処罰法は、2014(平成26)年5月に悪質で危険な運転による死傷事故の罰則を強化する目的で施行されました。

この中で、もっとも罰則が重いのが危険運転致死傷罪になるのですが、これが成立するには次の要件が必要となります。

1.アルコール・薬物の影響により正常な運転が困難な状態で走行
2.進行を制御することが困難高速度で走行
3.進行を制御する技能を有しないで走行
4.人又は車の通行を妨害する目的で走行中の自動車の直前に進入その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ重大な交通の危険を生じさせる速度で運転
5.赤色信号等を殊更に無視し、かつ重大な交通の危険を生じさせる速度で運転
6.通行禁止道路を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転

この6つのいずれかに当てはまる行為をして、その結果、事故で人を死傷させた場合に危険運転致死傷罪が成立するわけです。

当初、今回の事故で神奈川県警は、より罰則の重い危険運転致死傷容疑の適用も検討したが、容疑者の妨害行為が事故に直結したわけでないと判断し、断念したとしていました。
つまり、被害者に追突して死亡させたのは後続のトラックであり、容疑者の運転によって死亡事故が起きたわけではない、ということです。

しかし、その後、地検は停車前の高速での幅寄せ行為などを危険運転と判断し、容疑を危険運転致死傷罪に切り替え、容疑者を起訴しました。
直接的な運転行為が対象の同罪の適用は異例なことでした。

【法制度上の課題】
こうした経緯があり、今回の警察庁の指示が出されたわけですが、あおり運転などの危険で悪質な行為に対する法制度上の課題が指摘されています。

・現状、あおり運転などに対して直接的に取り締まる法律がない。
・死傷者が出なければ、危険運転致死傷罪と過失運転致死傷は適用されない。

そのため、暴行罪の適用による今回の取り締まり強化になったわけですが、ではなぜ暴行罪なのか、法的根拠を考えてみます。

「刑法」
第208条(暴行)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

 

本条は、人の身体に対する不法な有形力の行使について定めたものです。つまり法律上は、この不法な有形力による攻撃を「暴行」と定義しているわけです。

その暴行は、人の身体に向けられたものであれば足り、必ずしもそれが人の身体に直接接触することを要しないが、少なくとも相手の五官(目・鼻・耳・舌・皮膚)に直接、間接に作用して不快ないし苦痛を与える性質のものであることが必要であるとされています。

なお、相手が傷害を負わなければ暴行罪、傷害を負えば「傷害罪」(刑法第204条)となる点に注意が必要です。

では、どのような行為が暴行罪になるのか、過去の判例では次のようなものがあります。

・他人の服をつかんで引っ張り、または取り囲んで自由を拘束して電車に乗り込むのを妨げる行為(大判昭8・4・15集12-427)

・食塩を他人の顔、胸等に数回振りかける行為(福岡高判昭46・10・11判時655-98)

・通行人の数歩手前を狙って石を投げつける行為(東京高判昭25・6・10高集3-2-222)

・驚かせるつもりでイスを投げつける行為(仙台高判昭30・12・8裁特2-24-1267)

・被害者の目前で包丁を胸ないし首のあたりをめがけて突きつける行為(東京高判昭43・12・19判タ235-277)

・フォークリフトを被害者に向かって走行させ、衝突させるかのような気勢を示しながら、その身体にフォークリフトを近接させる行為(東京高判昭56・2・18刑月13-1=2-81)

 

なお、警察庁の指示では、暴行罪の適用ができない場合は、道路交通法の「急ブレーキ禁止違反」や「車間距離不保持」、「進路変更禁止違反」などの規定を活用して厳しく取り締まりを行うようにとしているようですが、あおり運転だけでなく急ブレーキや幅寄せ、急な進路変更などの故意による危険・悪質運転にどう対応していくのか、今後の状況を見守りたいと思います。