日本ハムはなぜ大谷選手を獲得できたか?(交渉術)
FLASH (フラッシュ)2013年1月29日号 [雑誌][2013.1.15]/光文社
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雑誌「フラッシュ」2013年1月29日号に私の取材記事が掲載されました。
内容は、日本ハムが大リーグ行きを宣言していた超大型ルーキーの大谷翔平選手を翻意させ、日本ハム入団を決意させた交渉術についての分析です。
このブログでも、詳細に分析してみたいと思います。
経緯は、次のとおりです。
2012年
10月21日 大谷選手「アメリカでプレーさせていただくことを決めました」(メジャー挑戦を表明)
この表明により、大谷選手をドラフト1位指名しようとしていた各球団は、ドラフト指名を取りやめる。
10月23日 日本ハム「大谷君を指名するという方針になりました」と発表。
10月25日 ドラフト会議で日本ハムが大谷選手をドラフト1位指名。大谷選手「評価はありがたいが、自分自身の考えとしては、(入団の可能性は)ゼロです」
10月26日 日本ハム山田GM、大渕SDが花巻高校を訪問し、説明(大谷選手は欠席)
11月2日 日本ハム山田GM、大渕SDが大谷選手の自宅を訪問し、大谷選手の両親、本人と交渉。「スカウティングと育成で勝つ」というチームのモットーを説明。
11月10日 日本ハム山田GM、大渕SD、大谷選手の両親がホテルで交渉。(大谷選手は欠席)プロジェクターでメジャー挑戦のリスク説明。
11月17日 山田GMと大渕SD、大谷選手、両親が交渉。「エース兼四番として育てたいと「二刀流プラン」を提示。
11月26日 日本ハム栗山監督、山田GM、大渕SD、大谷選手、両親で交渉。大谷選手「素晴らしい話が聞けた」
12月3日 日本ハム栗山監督、山田GM、大渕SD、大谷選手、両親で交渉。ダルビッシュの背番号「11」と契約金1億円・出来高5000万円・年俸1億5000万円を提示。高校に中傷の電話があったことを受けて日本ハムが「われわれ球団が対応する」と約束。大谷選手「自分の疑問点を解消していただき、感謝している」
12月9日 大谷選手が日本ハム入団を表明。「メジャーリーグに至るまでの道として、新しく、ファイターズさんから道を教えてもらった」
誰もが不可能だと思った大谷選手の入団を決意させた日本ハム。
どのような交渉術を使ったのでしょうか。
実は、随所の交渉のテクニックが散りばめられている素晴らしい交渉シナリオが作られています。
この交渉のポイントは、4点です。
①ポジショニング
②ユア・ワールド
③ギャップ・イン・ザ・ドア・テクニック
④メリデメダブルプレゼント
順番に説明します。
①ポジショニング
今回の交渉、大谷選手が「メジャー・リーグに挑戦したい」という決意を持っているのに対し、「日本の球団である日本ハムに入団させる」という一件正反対の結論に決意させるというものです。
一見、「メジャー・リーグか、日本ハムか」という二者択一の問題のように見えます。
そうなると、決意を覆すのは、容易ではありません。
そこで、日本ハムが取った戦略は、メジャー・リーグと対立するポジションではなく、大谷選手とメジャー・リーグとの間をつなぐ「架け橋」となる、というポジショニングでした。
大谷選手が「メジャーに行きたい」というのは、何も今すぐに行きたいわけではなく、メジャーで長期的に活躍し、十分な報酬も得たいということであることを察知し、そうであれば、数年間日本で寄り道をしたとしても、決して、その夢の実現と矛盾しない、という主張です。
大谷選手→日本ハム→メジャー・リーグが一直線につながれば、大谷選手の二者択一は、「今すぐメジャーリーグか、一旦日本ハムに入ってからその後メジャーリーグか」というものに変化し、「メジャーか日本ハムか」という二者択一より、ずっと抵抗が少なくなるのです。
これが交渉における「ポジショニング」のテクニックです。
二律背反の状態から、ポジションを移すことによって、相手のニーズと矛盾しない状態を作り出すテクニックです。
②ユア・ワールド
交渉は、利害が対立する者同士が、自分が有利な結果を獲得しようとするプロセスです。
となれば、当然交渉相手とは利害が対立している敵であって、各自は自分の主張を通そうと攻撃をしようとします。
しかし、相手は、どう考えているでしょうか。
当然、相手も同じように考えています。
いくらこちらが声を大にして自分の主張を申し立てようとも、相手は聞く耳持ちません。
こちらが主張している時は、相手は、次に自分が何を言おうと考えているのが関の山です。
この状態は、自分のことしか考えていない、ということで、「マイ・ワールド」の交渉と言います。
交渉は、合意が必要ですが、その合意には、相手の同意が必要なのです。
そこで、相手の意見を変えるには、相手の世界に行って、相手の立場から物事を見て、相手が自分で意見を変えることが必要となってきます。
そこで、相手の立場にたって交渉することを「ユア・ワールド」の交渉といいます。
栗山監督は、この「ユア・ワールド」の交渉テクニックを行いました。
「大谷君と一緒に夢をかなえたい。その手伝いをさせてほしい」「大谷君がメジャーで活躍するためにはどうすればいいか。それを一緒に考えよう」と、大谷選手の立場で味方として一緒に考える、という立場を取ったのです。
栗山監督の交渉態度は、この立場で一貫しています。
この点、栗山監督は、「監督というより解説者の立場で臨んだ」と言っているが、これは表現が正しくないでしょう。「監督より大谷君のコーチ(指導者)の立場で臨んだ」という表現の方が正しいと思います。
この「ユア・ワールド」の交渉によって、大谷選手は、素直に聞く耳を持ったと思われます。
③ギャップ・イン・ザ・ドア・テクニック
大谷選手は、当初「メジャーに挑戦します。」「(日本ハムに入団する可能性は)ゼロです」と言っていました。
こう表明している人に、「日本ハムに入ってください」と言ったところで、聞く耳を持つでしょ