他の選択肢は、なぜ必要か?
男がある店に人質5人をとって立て籠もった。
警察の交渉チームが現場に到着し、電話で犯人と交渉を始めた。
犯人の男は、6億円の現金と、逃走用の4WDを要求している。
犯人は、まずは30分以内にドーナツとミネラルウォーターを差し入れるよう要求した。
交渉人は、「わかった。ドーナツとミネラルウォーターを差し入れよう。その代わり、人質を1人解放してくれ」と、駆け引きをした。
犯人は、「そんな駆け引きはナシだ。30分以内に差し入れられなかったら、人質を1人射殺する」と答えた。犯人は拳銃を持っていたのだ。
交渉人は、なんとか人質を解放するよう交渉したが、犯人は頑として応じなかった。
「仕方ない。ドーナツとミネラルウォーターでは、たいした実害はない。差し入れよう」
交渉人は譲歩して、それらを差し入れた。
すると、犯人から要求があった。
「1時間以内に6億円の現金と逃走用の4WDを用意しろ。用意できなければ、人質を1人射殺する」
交渉人は、言った。
「それは無理だ。6億円を準備するには、3時間はかかる。その前に人質の安全を確認させてくれ」
犯人「うるさい。こちらの要求をのまなければ、人質を殺すまでだ」
結局、1時間以内に現金を用意できず、犯人は人質を1人射殺した。
犯人「これが最後だ。これから30分以内に用意しなければ、人質を1人射殺する」
警察は、これ以上犠牲者を出すわけにはいかない、ということで、犯人の要求に屈した。
以上はもちろん架空の話である。こんな風にはならない。
なぜなら、犯人が立て籠もった場合、まず警察は、現場を封鎖し、射撃班を配置する。
犯人が逃げられなくするのと、交渉決裂の場合に、強行突入するためである。
上の例で、なぜ警察は犯人の要求に屈したのだろうか?
それは、交渉決裂の際に取り得る別の選択肢を用意しなかったからだ。
それが強行突入である。
交渉の際には、交渉決裂の際に取り得る別の選択肢を用意しておかないと、どうしてもその交渉を成立させなければならなくなる。
交渉決裂、という選択肢がなくなるのだ。
そうなると、相手と主張が食い違った場合に、交渉決裂を恐れるあまり、譲歩せざるを得なくなってしまうのだ。
上の例では、交渉が決裂すると、犯人は人質を射殺することになるが、警察としては、それは困るので、交渉に固執することになる。
そして、交渉を成立させるために、譲歩し、交渉を成立させる(要求に応じる)しかなくなってしまったのだ。
しかし、現場を封鎖し、射撃班を配置して強行突入の準備をした場合にはどうか。
この場合、犯人の要求に応じることもできるし、犯人の要求を拒絶して、強行突入をはかることもできる。
犯人もそれがわかっている。
あまり自分の要求ばかりを主張すると、交渉が決裂して強行突入されると思うと、ある程度の譲歩も期待できる。
つまり、他の選択肢を用意することにより、色々な駆け引きが可能になるのである。
以上のことからわかるように、交渉に入る前には、先を見通し、交渉決裂の場合にはどうするか、を考えておく方がいい。
そうすれば、強い交渉が可能となるはずである。