タクシー運転手が客を置き去りにして逮捕?
人の世では、「一体なぜ?」、「まさか…」ということが起きることがあります。
今回は、タクシーの運転手が寝込んだ乗客を道路に捨てて死亡させたという事件を解説します。
「客を道に放置→別の車にひかれ…タクシー運転手逮捕」(2016年10月24日 テレビ朝日ニュース)
2016年8月未明、宮崎県都城市の市道で、酒に酔ってタクシー内で寝込んでしまった男性の乗客(38)を運転手(67)が道路の中央付近に放置。
その後、走ってきた車にひかれて男性が死亡したとして、都城署はタクシー運転手の男を保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕しました。
事件を知った容疑者は、「市内の繁華街で乗せて、自分が降ろした乗客が死亡したのではないか」と警察に出頭。
容疑が固まったため、今回の逮捕に至ったということです。
報道内容からだけでは詳細がわからず多くの疑問が残りますが、まずは今回の事故を法的に見ていきましょう。
遺棄に関する罪は、刑法の第217条から第219条に規定されています。
「刑法」
第217条(遺棄)
老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、1年以下の懲役に処する。
第218条(保護責任者遺棄等)
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。
第219条(遺棄等致死傷)
前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
「遺棄」とは、保護を必要とする者を保護のない状態にさらす犯罪であり、人の生命・身体に対する危険犯である、とされています。
扶助を必要とする者に、老年者と幼年者がありますが、これは年齢のみで判断されません。
たとえば幼児の場合、一般的には7歳か8歳未満と考えられていますが、過去の判例には、「14歳から2歳までの実子4人を自宅に置き去りにした母親の事案」(東京地判昭63・10・26判タ690-245)というものもあります。
扶助を必要とするかどうかは相対的に判断されるということです。
「病者」とは、病気や傷害などによって肉体的、精神的に疾患がある人のことで、その他にも判例では次のような状態の人も当てはまるとされています。
・麻酔状態にある者
・催眠術にかかっている者
・産褥期の女子
・飢餓者
・知的障碍者
・極度に疲労している者
・麻薬等の薬物により正常な意識を失っている者
・泥酔者
「保護責任者」とは、刑法上では必ずしも親族などの扶養義務者とは限りません。
判例では、看護やベビーシッターなど、仕事の性質上、当然その義務を包含する者も保護責任者になるとされています。
それは、保護責任は法律上のものでなければならないとされているからで、具体的には、法令の規定や契約、慣習、事務管理、条理などによって発生します。
たとえば、「契約」に基づく場合では前述の看護やベビーシッター、法律上の手続きが済んでいない養子などの判例があります。
「条理」(物事の筋道や道理)に基づく場合では、「一緒に飲酒した後、他の通行人とケンカになり重傷を負った会社の同僚」、「同棲を始めた女性の連れ子」、「覚醒剤を注射したところ錯乱状態に陥った少女」などの判例があります。
また、本来は保護義務を負っていなかったのに、義務が発生する場合もあります。
たとえば、あなたが道で会った病気の人や泥酔者を介抱してあげたり、車で病院に連れて行ってあげたりという親切心で要保護者の保護を開始すれば、あなたに保護義務が負わされることもあります。
ところで今回の事件では、道路の中央付近に乗客を置き去りにすれば、後続車にひかれることは当然予測しうるところですから、死亡との間に因果関係がある、と判断されたのでしょう。
ちなみに、保護責任者遺棄致死傷罪の法定刑は傷害罪と比較して上限及び下限とも重いほうで処断されます。
保護責任者遺棄致死罪では3年以上の有期懲役となっています。
そして、ひいて死なせてしまった後続車のドライバーは、過失運転致死罪にとわれることになりそうです。
ご遺族としては、タクシーの運転手が刑事裁判で処罰されることを望むでしょうが、その他に民事損害賠償を請求することができます。
タクシー運転手個人、タクシー会社(使用者責任)、後続車の運転手などに請求していくことになります。
泥酔した人を道路の中央付近に放置するとは、ちょっと理解に苦しむ事件です。
だんだんと年末が近づいてきて、酒を飲む機会も増えてくるかもしれません。
このような事件に巻き込まれないよう、くれぐれも飲酒はほどほどに留めておいていただければと思います。