転勤命令は拒否できるか? | 弁護士谷原誠の法律解説ブログ 〜日常生活・仕事・経営に関わる難しい法律をわかりやすく解説〜
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転勤命令は拒否できるか?

2014年09月18日

先月、作家の村上春樹さんがイギリスで開催されたイベントで対談をしたというニュースがありました。

世界でも人気のある村上さんが、公の場で語るのは異例のことだというので、イギリスのファンの注目も集めたようです。

その対談で、作家になった理由を尋ねられた村上さんは、こう答えて会場を沸かせたそうです。

「団体に所属する必要もないし、会議に出る必要もなく、上司を持たなくてもいいからだ」

実際、会社員は組織に属していることで受ける恩恵ももちろんありますが、会社員ならではの厳しい現実もあるようです。

同時に、経営側には経営側の論理があります。

今回は、ある会社の経営者からの「転勤命令」に関する質問にお答えします。
Q)私は、食品メーカーを経営している者です。先日、ある従業員に転勤命令を出したところ、拒否されました。面談してみると、理由は何点かあるらしいのですが、大きいのは親の介護問題と子どもの病気だといいます。母親の在宅介護があり、おまけに子どもの身体が弱く、ぜんそくの発作を繰り返すようで、こんな状態で妻にすべてを押しつけたくないし、現実問題、転勤すれば生活が破綻してしまうといいます。従業員の事情は理解したのですが、今後、転勤命令を出すことはできないのでしょうか? また、懲戒処分を下すことはできるのでしょうか?

A)従業員の同意を得ていなくても、「就業規則」や「労働協約」に「転勤を命じることができる」等の規定があれば、原則として、会社は転勤を命じることができます。

ただし、従業員を採用する時点で就業場所を限定、固定する約束があれば、転勤させるには従業員の同意が必要になるでしょう。
よって、会社が転勤を命じることができる場合には、会社は転勤を拒否した社員に対して懲戒処分を下すことができます。
しかし、一定の場合には、転勤の命令が人事権の濫用と判断され、違法となることがあります。
【社員が転勤を拒否できる場合とは】
若手社員なら、身軽に全国どこへでも転勤しやすいという面もありますが、年齢を重ね家族やマイホームを持つと、やはり転勤は避けたいと考える人は多いでしょう。

では、どのような場合に社員は転勤を拒否することができるのでしょうか?

〇雇用契約時に、勤務地限定などの規定がある場合
〇転勤命令が会社の人事権の濫用になる場合

会社には人事権の裁量があり、また、労働基準法には転勤命令の有効・無効についての直接的な取り決めはないため、雇用契約時に勤務地限定社員として採用した場合を除いて、原則、会社は社員に対して転勤命令を出すことができます。

しかし、問題は人事権の濫用となる場合です。
具体的には以下のようなものがあげられます。

① 業務上の必要性が認められない場合
② 不当な目的で行われる場合
③ 労働者に著しい不利益を負わせる場合

②の場合には、労働組合の活動をした、上司の不正を指摘した、成績不良、社内のいじめ、などで嫌がらせのために行うものがあげられます。

さて、質問者の場合、③のケースが考えられます。
実際、老親の介護や子供の育児などに支障をきたすという理由で、社員が転勤拒否することで労働紛争に発展する例が近年、増加しています。
【判例】
社員が転勤命令を拒否できるかどうかについて、過去の判例には以下のようなものがあります。

「東亜ペイント事件」(最二小判 昭61.7.14 労判477-6)
転勤命令を拒否した従業員を懲戒解雇した件で、第一審・第二審とも転勤命令は権利の濫用として、転勤命令と懲戒解雇を無効としたが、最高裁では一転、転勤命令には業務上の必要性があり、従業員が受ける不利益は通常甘受すべき程度のものであるとして、会社の権利濫用には当たらないとした。

「ケンウッド事件」(最三小判 平12.1.28 労判774-7)
社員が配転により通勤時間が1時間長くなり、保育園児の子供の送迎等に支障が生じるとしても、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益とまではいえないとした。

「北海道コカ・コーラボトリング事件」(札幌地決 平9.7.23 労判723-62)
近くに住む両親と、病気の子供2人の面倒を妻と2人でみていた従業員に対する転勤命令について、会社側の業務上の必然性は認めたものの、従業員は一家で転居することは困難であり、単身赴任すると妻が一人で子供と両親の面倒をみることになり、転勤は従業員に対して著しい不利益を負わせるものと認めた。
【会社が取るべき対応とは】
「育児介護休業法」が2001年に改正され、労働者の配置の配慮に関する項目が追加されています。

「育児介護休業法」
第26条(労働者の配置に関する配慮)
事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。
また、懲戒等による従業員の解雇に関しては、会社の業務上必要なもので、かつ妥当な処分かどうか慎重な対応が必要です。

「労働契約法」
第16条(解雇)
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
会社としては、認められる要望かどうかはともかく、まずは本人の言い分をよく聞く必要があります。
そのうえで、転勤することで従業員の私生活上に著しい不利益が発生するようであれば、代わりの人員の有無など再検討するべきでしょう。

また、拒否の理由が認められないようなものであれば、再度、従業員との話し合いなどの場を設けて、人事異動命令に応じるよう説得することになります。

なお、労働紛争に発展しないよう、事前に専門家に相談することも「転ばぬ先の杖」として検討してみることをお勧めします。

ご相談はこちら→「顧問弁護士相談SOS」
http://www.bengoshi-sos.com/about/0903/