パワハラと教育的指導の境界線とは? | 弁護士谷原誠の法律解説ブログ 〜日常生活・仕事・経営に関わる難しい法律をわかりやすく解説〜
東京都千代田区麹町2丁目3番麹町プレイス2階 みらい総合法律事務所
弁護士20人以上が所属するみらい総合法律事務所の代表パートナーです。
テレビ出演などもしており、著書は50冊以上あります。
メニュー
みらい総合法律事務所
東京都千代田区麹町2丁目3番麹町プレイス2階
弁護士20人以上が所属するみらい総合法律事務所の代表パートナーです。
テレビ出演などもしており、著書は50冊以上あります。

パワハラと教育的指導の境界線とは?

2015年02月28日

仕事への意欲が湧かないとき。
何かのトラブルを抱えて落ち込んでいるとき。

そんなときは、「言葉の魔法」にかかりたいと思うことがあります。
身近な人からのアドバイスや、先人や偉人の名言に救われたり、元気が出てくることがありますね。

しかし逆に、会社や職場で「言葉の暴力」を浴びせられたら、どうでしょうか?

最悪の場合には、心と体に変調をきたして仕事を続けられなくなってしまう人もいます。

先日、言葉の暴力がパワハラと認定された裁判がありましたので、解説します。

「“威圧され適応障害”…看護師長のパワハラ認定」(2015年2月26日 読売新聞)

北九州市の病院に看護師として勤めていた女性(30歳代)が、元上司によるパワーハラスメントで適応障害になったとして、病院の運営元や元上司を相手取り、約315万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が福岡地裁小倉支部でありました。

判決によると、女性は病院に勤務していた2013年4~5月頃、子供がインフルエンザにかかったり、高熱を出したりしたため、上司だった看護師長に早退を申し出たところ、有給休暇が残っていたにも関わらず、元上司は「もう休めないでしょ」、「子供のことで職場に迷惑をかけないと話したんじゃないの」などと発言。

女性は、ミスを叱責されたこともあり、食欲不振や不眠から、同年11月に適応障害と診断されて休職。
その後、2014年3月に退職したようです。

裁判官は、看護師長の言動について、「部下という弱い立場にある原告を過度に威圧し、違法」と認定。
被告に約120万円を支払うよう命じたということです。

 

近年、パワハラに関する報道が増えていますが、そもそも何をするとパワハラになるのか? すべてのビジネスパーソンは正確に認識しておく必要があるでしょう。

そこで、今回もう一度、パワハラについて復習しておきたいと思います。

【パワハラとは?】
厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」では、以下のように定義されています。

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」

「上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して様々な優位性を背景に行われるものも含まれる。」

つまり、パワハラが成立するには次の3つの要件が認められるか検討していくことになります。

・それが同じ職場で働く者に対して行われたか
・職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に行われたものであるか
・業務の適正な範囲を超えて、精神的・肉体的苦痛を与え、また職場環境を悪化させるものであるか
【パワハラにあたる6つの行為】
具体的には、以下の6つがパワハラとなる行為とされています。

①身体的な攻撃(暴行・傷害)
②精神的な攻撃(脅迫・暴言等)
③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
⑤過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

今回の事案は、②の言葉の暴力による「精神的な攻撃」ということになります。
【パワハラによって発生する会社の損害とは?】
パワハラが行われた場合、今回の事案のように民事裁判では、被害者は損害賠償を求めて訴訟を起こすことができます。
それは、会社には社員に対して以下のような義務や責任があるからです。

「職場環境配慮義務」
会社は、従業員との間で交わした雇用契約に付随して、職場環境を整える義務=職場環境配慮義務を負います。
社員等にパワハラやセクハラなどの被害が発生した場合、職場環境配慮をきちんとしていていないと、義務違反(債務不履行責任<民法第415条>)として、会社はその損害を賠償しなければいけません。

「使用者責任」
ある事業のために他人を使用する者は、被用者(社員)が第三者に対して加えた不法行為による損害を賠償する責任があります(民法第715条)。

今回の事案のように、社員(看護師長)が別の社員(看護師)に対して損害を与えたと認められれば、その責任を会社が負い、損害を賠償しなければならなくなる場合があります。
【パワハラを防ぐための5つの措置】
パワハラを防ぐための措置として、次の5つが挙げられます。

①会社のトップが、職場からパワハラをなくすべきという明確な姿勢を示す。
②就業規則をはじめとした職場の服務規律において、パワハラやセクハラを行った者に対して厳格に対処するという方針や、具体的な懲戒処分を定めたガイドラインなどを作成する。
③社内アンケートなどを行うことで、職場におけるパワハラの実態・現状を把握する。
④社員を対象とした研修などを行うことで、パワハラ防止の知識や意識を浸透させる。
⑤これらのことや、その他のパワハラ対策への取り組みを社内報やHPなどに掲載して社員に周知・啓発していく。
さて、ここまでパワハラについて解説してきましたが、それでも会社の社長や部下を持つ管理職の人たちからは、こんな声が聞こえてきそうです。

「パワハラについては理解できたけれど、なんでもかんでもパワハラに
されて訴えられたら、たまらない」

「ミスをした社員をしかるのは当然でしょう。仕事上の叱責までパワハ
ラにされたら、どうしていいのか…」
実際、厚生労働省が公表した、「平成25年度個別労働紛争解決制度施行状況」によると、総合労働相談のうち、民事上の個別労働紛争の相談内容では「いじめ・嫌がらせ」が59,197件と、「解雇」や「退職」をおさえ、2年連続で最多となりました。
いかにパワハラやセクハラの相談が増えているかがわかります。

しかし、たとえばパワハラとなる行為の中でも、業務への過大な要求や過少な要求などは、業種や企業文化などによっても差異があるため、業務上の適正な指導との線引きや判断が難しいものです。

法的な基準としては、「平均的な心理的耐性を持った人」が肉体的・精神的に苦痛を感じるかどうかが判断基準とされていますが、以下のポイントにも注意をして対策をとっていただきたいと思います。

・行為が行われた状況
・行為が継続的であるかどうか
・会社が相談や解決の場(相談窓口など)を設置したかどうか
・パワハラ行為を行った者への研修・教育を行ったか
・懲戒処分の決定とその後の措置は適切だったか

なお、社員の能力不足や職務怠慢の場合、会社は社員を教育指導してからでないと解雇などはできないことになっているので、通常の仕事上の叱責はパワハラにはならないことは覚えておいてください。

最近は、仕事上で叱責すると、すぐに「パワハラだ!」と言われることがありますが、仕事上の叱責はパワハラにはなりません。

それが度を超え、人格に対する攻撃などになると、はじめてパワハラになるのです。

パワハラ問題が起きてしまうと、被害者の肉体的・精神的苦痛はもちろん、会社にとっても大きな損害となってしまいます。

判断・対応が難しい場合には、弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。
労働トラブルのご相談はこちらまで⇒「弁護士による労働相談SOS」
http://roudou-sos.jp/