ケンカでの正当防衛は成立するのか? | 弁護士谷原誠の法律解説ブログ 〜日常生活・仕事・経営に関わる難しい法律をわかりやすく解説〜
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ケンカでの正当防衛は成立するのか?

2015年02月04日

「目には目を、歯には歯を」という言葉があります。
「やられたら、やり返せ!」という意味にとられがちですが、本来の意味は違うといわれます。

紀元前1792年から1750年に、古代メソポタミアのバビロニアを統治したハンムラビ王。
彼が制定したとされる「ハンムラビ法典」は、世界で2番目に古い法典といわれますが、ここにある「目には目を、歯には歯を」に関連する条文は報復を認めて奨励しているわけではなく、無制限な報復を抑制、制限するために、何が犯罪行為であるかを明らかにして、その行為に対して刑罰を科すという、現在の司法制度と同じ考えに基づいているとされます。

相手に傷つけられたら、同じように相手を傷つけてもいいわけではなく、現代の日本の刑法のように傷害罪なら15年以下の懲役又は50万円以下の罰金という刑罰の代わりに、自分も傷つけられるという罰を受けるという考えということですね。

しかし、古今東西さまざまな法律があっても、やはり人間は感情の生き物なので、やられたら、やり返したい感情が湧いてくるものです。

「相手が悪い」、「あいつが先に手を出してきた」、「自分は悪くない」、「お前が先に言ったんだろ」、「正当防衛だ!」などという些細なことからトラブルが起きるのも現実です。

今回は、身近なトラブルから「やられたから、やり返した」が法的に許されるのか検証します。

Q)飲み屋でたまたま知り合った奴と、初めは意気投合して盛り上がったんですが、そのうち殴り合いのケンカになってしまいました。酔っていたから、あまり覚えていないんですが…後日、相手から内容証明というものが送られてきて、ケガに対する損害賠償をしなければ、警察に訴えるっていうんです。強く殴ってないからケガしてないはずだし、そもそも殴りかかってきたのは相手なんだから、これは正当防衛でしょ? 法的に反撃したいんだけど、どうすればいいんですか?

A)もちろん、「やられたから、やり返した」、「先に手を出したのは相手だ」という理由だけでは、その正当性は法的には認められません。
正当防衛が認められるには法的な要件が必要となります。
正当防衛として要件を満たしていなければ、ケガの治療費や慰謝料などの損害賠償は免れないでしょう。
【正当防衛とは】

まず、人の身体を傷つけた場合、傷害罪に問われる可能性があります。
これは、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金です。(「刑法」第204条)

一方、刑法では正当防衛も認められています。
条文を見てみます。

「刑法」
第36条(正当防衛)
1.急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2.防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
以前、正当防衛について解説しました。
詳しい解説はこちら⇒「”倍返し”には、犯罪が成立する!?」
https://taniharamakoto.com/archives/1175

自分や他人の生命・権利を違法に侵害するもの、またはそうした危機が間近に迫っている緊急状態で、防衛するためにやむを得ずにした行為を正当防衛といいます。

ただし、正当防衛が成立するには以下の要件が必要になります。
【正当防衛の要件】
①「急迫性の侵害があること」
急迫とは、物事が差し迫った状態をいいます。
つまり、生命や権利を脅かすような危機的な侵害が存在しているか、又は間近に差し迫っている状況であることが必要です。

相手が急に殴りかかってきたら、急迫といえるでしょう。

②「その侵害が不正であること」
その侵害が、法秩序に反する違法なものであることが必要です。

一緒に飲んでいたのに、急に殴りかかってきたとしたら、それは不正です。

そこで、やむを得ずした行為が相手を傷つけても正当防衛となる可能性があるわけです。

③「自己又は他人の権利の防衛であること」
権利を守るための防衛が、生命、身体、自由、名誉、信用、財産、肖像権、住居の平穏などの権利を守るためであることが必要です。

殴りかかられるというのは、身体、場合によっては生命の防衛を必要とします。

以上は、「状況の要件」です。
では、次に「行為の要件」について見ていきましょう。

④「やむを得ずにした行為であること」
やむを得ずにした行為であるという必要性、社会通念上の相当性があることが正当防衛が認められる要件になります。
相当性は、法益の種類や反撃の強度が相手と同程度であること、急迫性の程度、体格差、年齢差などを総合的にみて判断されます。
たとえば、素手には素手で、武器には武器で対応する、というようなことです。

⑤「防衛の意思」
自己又は他人の権利を守るためという防衛の意思があることも要件です。

たとえば、以前から嫌っていた相手から攻撃されたことに乗じて、自分から積極的に反撃に打って出たり、防衛を理由に相手に対して積極的に攻撃したという場合は、防衛ではなく攻撃の意思ということになります。
こうした場合、正当防衛ではなく「過剰防衛」として罪に問われる可能性があります。
なかなか判断が微妙な部分がありますが、たとえば①の急迫性については、相手が殴ってきた、もしくは殴られそうになった場合は正当防衛が認められますが、殴ってくるかもしれないと考えて自分から先制パンチをお見舞いしたような場合は認められません。

また、④のやむを得ずした行為では、相手に蹴られたからキックし返したところ相手がケガをした、というような場合は正当防衛が認められますが、殴られたので持っていたナイフで相手を刺したというような場合は認められないということになります。

【ケンカと正当防衛】
では、ケンカの場合は正当防衛が認められるでしょうか?

そもそもケンカは、相手をやっつけるためにお互いに攻撃防御を繰り返すものです。

はじめに殴りかかられ、ブロックような場合は、「急迫不正の侵害にやむを得ずした行為」と言えるでしょうが、反撃するうちに、「やむを得ずにした行為」とは言えなくなってしまいます。

また、古くから日本では「喧嘩両成敗」という考えがあるように、ケンカで正当防衛は成立しにくいともいえます。

しかし、ケンカで正当防衛が認められる可能性はあります。
たとえば、初めは素手での殴り合いのケンカだったのが、途中で相手がナイフで攻撃してきたようなケースや、ケンカをする意思を放棄して攻撃を止めているにもかかわらず、なおも一方的に相手が攻撃し続けてきたケースなどです。

こうしたケースでは、途中から「急迫性の侵害」が発生したと考えられることから、ケンカの場合は行為の一部分だけを見ずに全体的に見て判断されます。

いずれにせよ、法律で解決する云々の前に、やはりケンカはしないに越したことはないですし、報復行為では何も問題は解決しないという事実は、大人も子供も、一般の人でも政治家でも心に留めておくべきことだと思います。

「自己の向上を心がけている者は、喧嘩などする暇がないはずだ。
おまけに、喧嘩の結果、不機嫌になったり自制心を失ったりすることを思えば、いよいよ喧嘩はできなくなる」
(エイブラハム・リンカーン/アメリカ合衆国第16代大統領)

こんな考え方ができたら、とっくに聖人になってますね。(>_<)

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http://www.bengoshi-sos.com/about/0902/