鉄道事故の賠償金は、いくら? | 弁護士谷原誠の法律解説ブログ 〜日常生活・仕事・経営に関わる難しい法律をわかりやすく解説〜
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鉄道事故の賠償金は、いくら?

2014年05月01日

2013年に厚生労働省が発表した「平成24年簡易生命表」によると、日本人男性の平均寿命は79.94歳で世界第5位、女性は86.41歳で世界第1位だそうです。

 

寿命が延びることは、もちろんよろこばしいことですが、こちらを立てれば、あちらが立たぬというように、同時にさまざまな問題が生まれてくるのが人間社会です。健康問題も、そのひとつでしょう。

 

昨年、厚生労働省の研究班の調査でわかったのは、65歳以上の高齢者のうち認知症の人は推計15%、約462万人。発症の可能性のある400万人も含めると、4人に1人が認知症とその予備軍だということです。

 

認知症の症状には、記憶障害や見当識障害の他に徘徊があります。介護をする人にとっては大変な問題です。

 

有吉佐和子の「恍惚の人」は、徘徊をはじめとして、認知症の高齢者介護の大変さが描かれたベストセラー作品です。

 

警察庁の発表によると、2012年には認知症が原因で行方不明になったとの届け出が9607人分あり、そのうち231人は12年中に発見できず、13年に入ってから見つかったのは53人。死亡者は359人となっています。

 

こうした問題を背景に、近年、増加する認知症高齢者の徘徊による痛ましい鉄道事故の損害賠償に関する判決が出されました。

 

「認知症で徘徊 JR東海事故 高裁も妻に賠償命令」(東京新聞)

 

愛知県大府市で2007年12月、徘徊症状がある認知症の男性(91)がJR東海の電車にはねられ死亡する事故が発生。

 

同社が遺族に対して損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁は、「見守りを怠った」などとして、男性の妻(91)に359万円の支払いを命じました。

 

認知症で、要介護4の認定を受けていた男性は、妻と近所に住む長男の妻が少し目を離した隙に家を出て徘徊。JRの駅構内に進入して電車にはねられたようです。

 

昨年の一審判決では、妻と長男(61)にJR側の請求通り720万円の支払いを認定。

 

しかし、二審では「JR側の駅利用客への監視が十分で、ホームのフェンス扉が施錠されていれば事故を防げたと推認される事情もある」、「妻は、男性の監督義務者の地位にあり行動把握の必要があった」とした上で、「男性が線路に入り込むことまで妻が具体的に予見するのは困難」として減額しました。

 

一審判決の後、介護関係者などからは、「認知症患者の閉じ込めになる」などの批判が続出。

 

二審の判決後、遺族側の代理人は、「高齢ながら、できる限り介護をしていた妻に責任があるとされたのは残念。不備があれば責任を問われることはあり得るのだろうが、家族が常に責任と隣り合わせになれば在宅介護は立ちゆかなくなってしまう」とのコメントを発表しました。

 

価値観の問題や在宅介護の政策の問題は別として、今回の判決は、法律的に見ていくと、どのような判断だったのでしょうか? 条文から解説していきます。

 

報道からだけでは詳細は分かりませんが、民法709条の「不法行為に基づく損害賠償請求」、あるいは民法714条の「責任無能力者の監督義務者の責任」を適用したものと考えられます。

 

「民法」第709条(不法行為による損害賠償)

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 

 

「民法」第714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)

1.前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

 

 

第714条では、自分の行為の是非善悪の判断ができない者(責任無能力者)を監督する法定の義務ある者の不法行為責任を定めています。

 

今回の事故で亡くなった認知症老人に成年後見人がついていれば「法定の義務ある者」となりますが、そうでなければ、本件は第714条の問題ではなく、第709条の問題となります。

第709条では、認知症老人の監督は法律上当然に認められる監督義務ではなく、条理などにより認められる義務となります。

 

同居して生活の世話をしていた妻が、夫を放置しておくと、一人で外出徘徊し、今回のような事故を起こすことが予見できたのに、これを回避しなかったために「過失」の責任を問われた、という判断になったと考えられます。

ちなみに、同様の事故では家族らが支払いに応じるなどして和解する事例が多く、訴訟に至るのは珍しいケースだということです。

ところで、国土交通省の発表によると、平成24年度に発生した鉄道事故は811件あり、そのうち死亡者数は295人。この中には認知症の人以外に自殺者も含まれているでしょう。

事故が起きると、鉄道各社は通常、走らせるべき電車を走らせることができなくなったために被った損害、たとえば乗車券や定期券の払い戻し代、振替輸送の費用、乗客対応の人件費などを合わせた損害額を本人や家族側に請求します。場合によっては、列車の運休による機会損失費、設備の修理費などが含まれることもあります。

列車に飛び込み自殺をすると、数億円の請求がくる、という都市伝説がありますが、今回は、720万円。地方都市での一応の目安にはなるでしょう。

大都市圏で乗客数が多いと、賠償額が数千万円に跳ね上がることが予想されます。

ところで、本人が亡くなっている場合は、その相続人(家族や親族等)が負債を相続することになります。

つまり、自殺をすると、残された親族が多額の賠償請求をされる可能性があるわけです。

自殺は、残された大切な家族にも多大な迷惑をかけてしまうことを考えれば、けっして自己決定だけの問題ではありません。

人生においては、誰しも試練にさらされることがあります。しかし、自殺は何の問題解決にもなりません。家族の人生を不幸に変えてしまうだけです。

最後に、ドイツの哲学者・思想家である、アルトゥル・ショーペンハウアーの言葉を紹介します。

「船というのは、荷物をたくさん積んでいないと不安定でうまく進めない。同じように人生も、心配や苦痛、苦労を背負っている方がうまく進めるものである」

「自分の幸せを数えたら、あなたはすぐに幸せになれる」

 

今日は、あなたがこれまでに経験した幸せの数、今、ある幸せの数を数えて過ごしてみませんか?

 

きっと、感謝の気持ちに溢れてくることでしょう。